2018/08/21 15:00

シンプライフ(シンプルライフのことかな?)
と言う映画を見てきました。

いつものように徒然なるままに。
小さくすれば目も行き届き、自分にとって必要不必要が見極められることから自分との対話によって濃密なくらしの時間になるでしょうと言う趣旨なのかな。

この映画を見て自分の選択した暮らしをもう一度考えて見ています。
「自分の人生を過ごす」VS「効率よく稼ぐ時間を過ごす」

上記の二つはイコールか?ノットイコールか?

言い換えると、
「自分の本心というフィルターに通した時間」 VS 「無駄に逆らわず、組織の中で従順にこなし続ける」

前者はとても工夫が求められます。僕の場合は「農とクリエイティブな地方の暮らしの融合」と言いましょうか。
実践が求められるので限られた時間を濃密に過ごすことを余儀なくされます。あまりに仙人じみた暮らしも嫌ですし、家族を持つ以上、ある程度のお金も必要です。自然の暑さ寒さ雨風にうまく合わせながら効率よく価値を生むことが求められます。
生産力を問われやすいのかと思います。

対して、「効率よく稼ぐ時間を過ごす」
これは我を抑えてルーティンをこなすこと、労働価値の低い人に働かせてその差額を手に入れること、人々の欲求を不必要にでも喚起させてものを買わせる。その代わり安定的に貨幣が手に入りやすい。と言い換えられるのかな。
消費をしまくることで満たされるために稼ぐ。
消費力を良しとし、誇示することをしたいのかな。

割と両方を真剣に過ごしてみて思うことは、どちらにもいいとこ悪いとこがあって、一方に絞ることがむしろ不自然と思います。

シンプライフを見て、TEDx Ms.Dee williams のスピーチを聞いて見て感じたことは、ともあれ一度は「自分の”本心”というフィルターに通す」ということの重要性だと思います。限られた時間を人は全員過ごしています。
すぎた時間は絶対に戻ってこないし、この先どれだけ生きた時間が続くかも本人すら分からない。
持ちすぎた荷物や関係性を一度無理にでも小さくすることで見えてくる本当に必要なモノ、コト、時間、心持ち。
それを見つめた上で過ごす時間とそうでない時間では大きく大きく違ってくる。
死ぬ直前に後悔しない数時間を過ごすために今を過ごす。そのコト以上に大切なことって何かあるのかな?

僕にとって今の僕はどうなのでしょう?
①組織企業をやめて自分で稼ぐことについては、概ね満足なのだと思います。こんなに実践的で刺激的でドキドキできて、自由とは本当に素晴らしい状態だと思っています。
もっといろんな価値観を持って真剣に生きている人に出会って話を聞きたいので、海外から来た人ともっと会いたい。
でも、知識見聞を広めて満足するようなつまらない人にはなりたくない。お金もそう。知識見聞お金を手に入れたなら、それで何を成し遂げたいのか?そこをもっとも重要視したい。し、そんな人を応援できるような人にもなりたい。
いくら稼いだいくら稼げるこんなに持ってる。→それをどのように使うのか?という所のセンスを研ぎ澄ましたいな。

②農業をしていること
地域で出る不要有機物を使って価値を生む。
これって、かなりハイレベルのデザイン活動です。
その暮らしを実践していること。そのことがすでに価値です。今すぐ始めてもなかなか実践できない。実践できないと、お金で買うしか方法はなくなっちゃう。もらうとかもできるか。。

5年も気がついたら行ってるんだな。農業。
(農薬や化学肥料を使わずに一人で)目の前の自然と付き合うことが本当に難しく、大切な芯を譲らない上(有機無農薬)で効率を上げていかないと続けることは非常に大変。
やりたいことは農作物を作ることではないからね。暮らし全部をデザインすること。
留まらないで進むためにも最初に立ち戻る必要があると思っていた時にこの映画。
自分と向き合って一度スッキリさせよう。

自分にとって心地よい空間や死ぬ間際に持っていたいモノ。一緒にいたい人は誰で、それまでに残したいものは?
できるようになってよかった思うことは何だろう?

多分そんなにたくさんもないだろうけど、もっとシンプルにできそうな気もする。
シーカヤックも乗りたい、家族とサイクリングや旅に行く時間の余裕も欲しい。
もちろんお金でその余裕を買うことができるだろうから、稼ぐことは大切だと思います。

小さく濃く。
dream big live small.
think groval act local.
知足

どの宗教でも何人でも今も昔も、最終的にこのへんのこと言ってる気がしてます。

なんども自分のフィルターに通して、ちゃんと行動して、自分で考え続けようっと。
感想でした。